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2021年02月01日年 の記事

[2021/02/01]慎独

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こんにちは(#^^#)

今日は、日頃の日常ではなく僕の思いを書いてみました。
長文になるので、興味ない人は読まない方がいいと思いますm(_ _)m

日頃、何かとせわしなくて忙しく、忙しいという字は心を亡くすと書くというけれども、
本当にその通りと実感してます。
何とか打破したくて、本を久しぶりに読みました。

『言志四録』 佐藤一斎

この本は、幕末に書かれた本で、西郷隆盛も始め、幕末の志士の方々が読んだ儒教の本という。
儒教とは、中国の古典で孔子が説いた教えであります。人間道徳の教えでもあります。
『論語』 『大学』 『中庸』 『孟子』 に続いて、『易経』 『書経』 『詩経』 『礼記』 『春秋』という本があります。

キリストでいえば、『聖書』
釈迦でいえば、『般若心経』

どの本も、人生の処世術という意味では入口は違えど、出口は一緒みたいなものだと僕は解釈してます。

幕末や江戸時代のお侍さんは、この教えを大事にしていたんです。なぜか。。。
己を強くするためです。お侍さんは、武士のたしなみとして刀をもっていました。
己が弱いと、武器や暴力にたより人を傷つけ、あやめてしまうからです。
常に自分と向き合い、死と向き合い、儒教の教えを学び己を高めてきました。
倒幕の原動力の一つとなりました。

儒教の教えのなかに、

    『慎独』

と言葉があります。

コロナ禍の中で出かけることも少なくなった今、この言葉を胸に入れておきたいと思います。

僕の解釈では、この言葉は、一人の時間を慎むということだと理解してます。その言葉のままですが。。。
儒教はよく、『誠』という言葉をだします。

  『誠』

よこしまな考えやくだらない考えや行動をしない事が誠ととらえられています。
人前で正しくするのは当たり前の話で、実は独りでいるときが大切とされていて、
我が身を正せということでしょうか。

『君子は必ず其の独りを慎むなり』

孔子の教えです。

『誠』 前述しましたが、よこしまな考えや行動をしないことです。

正しいという言葉の意味は、一に止まるといいます。

『一』というのは、『誠』
『誠』に止まり続けることが正しい。だから人前だけではなくて、独りのいるときもその身を慎み正しくなければならない。
儒教の根本の教えです。

儒教はよく『天』という言葉もだします。誰もみていなくても『天』がみていると。
『天』に恥じない生活をしろと。。。

キリストは『神』
釈迦は『仏』
儒教は『天』

どれも己の心のよりどころとして、自己中心にならないように戒めとしていたんだと思います。

僕はこの本を改めて読んだとき、目からうろこが落ちました。

忙しい中にも慎む気持ちを忘れてはならないと思いました。


西郷隆盛の言行録 『南洲翁遺訓』の一文
『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽して人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし』



思えば、昔と生活環境が変わっていく中で、唯一変わらないものがあります。
読んで頂いた方わかりますか?


太陽と月です。


太陽と月だけは、偉人や過去全てのひと達と同じものを僕たちはみているのです。

僕は今後お天道様に恥じない生き方をしようと決意しました。
その戒めとしてブログに記載した次第です。

最後に 森信三先生の言葉を記載します。

『終身教授録』 森信三

『諸君!この人生は二度とないのです。いかに泣いてもわめいても、そのわれわれの肉体がひとたび壊滅したならば、二度とこれを繰り返すことはできないのです。
したがってこの肉体の生きている間に、不滅な精神を確立した人だけが、この肉のからだの朽ち去った後にも、その精神はなお永遠に生きて、多くの人々の心に火を点ずることができるでしょう』

長文をご覧頂いたかた感謝します。ありがとうございました。






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